佐久島ライフレポVol.9

民宿の長男と結婚 筒井さん

ご主人との出会いは本土

民宿の女将さん見習い中

 

佐久島って何? それどこ?
 筒井さんがご主人と出会ったのは、安城市内のアルバイト先。保育士として最初に保育園に勤め、次に保育所で働くようになったとき、以前アルバイトをしていた回転寿司店から、店が忙しい時だけ手伝ってほしいと頼まれて、また時々バイトをするようになりました。そこでお寿司を握っていたのが、現在のご主人です。

彼は佐久島で民宿を営むご両親の長男として生まれ、いずれは島に戻って家業を継ぐつもりで、寿司店やホテルの和食部門などで料理の勉強を続けていました。親しくなるまでは佐久島のことなど全く知らず、「えっ離島? 何それ? どこ?」という感じ。結婚が決まってからも島での生活がイメージできず、ワクワクするというよりは、不安のほうが大きかったそうです。

 

2カ月の赤ちゃんとともに、島へ
不安だった最大の理由は、子どもが生まれたばかりだったから。初めての子育て、どうしたらいい? 実家から遠くなるけどどうしよう? 島の暮らしってどんなふう? 民宿って何をすればいいの? … 考えはじめたらキリがありません。新米ママはただでさえ心配が尽きないんです。

島へ来るまでは何をどうすればいいかという不安が多かったのですが、実際に来てみると、やらなくてはいけないことはさほどありませんでした。2カ月の赤ちゃんを育てることと、3人家族のささやかな家事ぐらい。まだ子育てが大変なので民宿のお手伝いもしなくて大丈夫だと言われ、思っていたほど大変じゃなかった…はずでした。

 

行く当てがなくて引きこもり

やることは少なく、その意味では決して大変ではなかったものの、来た当初は知り合いが一人もおらず、孤独感がハンパなかったそうです。話せるのはご主人とお義父さん・お義母さんだけ。でも3人とも仕事が忙しいし(ご主人とお義父さんは料理、お義母さんは女将)、赤ちゃんを連れてひんぱんに民宿へ行くわけにもいかないし、結局家にいることに。家から一歩も出ない日もありました。

もう一つ困ったことに、筒井さんにとっては恐ろしいことも…。夏に来たせいもあって虫が多い、しかもやたらデカいことに気付いてしまったのです。「絶対住めない!」と最初は思いましたが、さすがに今は当初ほどビビらなくなったとのこと。

慣れない地での慣れない子育てに気持ちが落ち込み、帰りたいな~と思ったこともあるとか。郷里の三河安城は安城市の中でも決して都心部ではないけれど、今や大都会に思える始末。しばらくの間は悶々として引きこもっていたそうです。

 

ママ友ができて、暮らし一新

ところが4カ月以内の新生児を対象にした赤ちゃん訪問を受けたとき、保健師さんから耳寄りな情報が! 同じような時期のお子さんを持つお母さんが島内にいるというのです。お母さん同士いろいろ話し合えるのではということで、その保健師さんを通じて新しい出会いが生まれました。それが、以前このコーナーにも出ていただいた高橋さんだったのです。

ママ友ができただけでこんなにも変わるのかしらと思うほど、暮らしが一変しました。生活そのものは同じでも、育児や家事の相談をはじめ、趣味や遊びの話もできる友人ができたことで気持ちがうんと楽になり、一緒に島内でお茶や散歩をしたり、本土へ買物に出かけたりするといったお楽しみも増えたのです。何かが一つ切り開かれると、他のことも新しい目で見られるようになるもの。佐久島での生活全体が以前よりステキなものに見えてきました。

ただし、いまだに気になることがあります。それは、生活が渡船の時間によって影響を受けること。こればかりは仕方のないことですが、いつも頭から離れないそうです。

 

女将修業はまだこれから

島に来た時の赤ちゃんも、今では10歳。「もう10年なんですよ!」と筒井さん。お子さんが保育園に入園した頃から、民宿のお手伝いをするようになりました。今はまだお義母さんが女将なので、筒井さんはお手伝い程度だとか。でもいずれは女将ですよね? … 「いえいえ、お義母さん、元気でずっと頑張ってください。私、お手伝いしますから」と控え目な筒井さんです。

筒井さんは主に宿泊のお客様があるとき、部屋の準備や後片付け、料理の補助や配膳、後片付けなどを担当しています。お客様から素材や料理について尋ねられることもありますが、まだ知識不足で答えられないことも多く、すぐに厨房へ確かめにいくものの、お客様に申し訳ない気持ちになることも。「勉強しなくてはいけませんね」と語る。

 

島外での生活経験は大事
佐久島には高校がないので、誰もが必ず島を出ます。戻ってきたくても、島内に働く場所があるのはごく一部の自営業の子どもぐらい。筒井さんはお子さんのことを「たとえ実家で働けても、一度は本土で働いて、島とは違う生活を体験してほしい」と考えています。ご主人も同じ考えです。ご主人自身も島の外で働いて生活することで、カルチャーショックを受けたりしながら逞しくなっていったそうです。島で育った子どもたちが外へ出てさらに成長し、いつか帰ってきて活躍できる島にしたいですね。